接客

いつも無愛想なスタッフが最高の笑顔に、その理由とは?

「おはようございます」

と会員になっているサロンに入っていく。

「河村様、おはようございます」

と口角をあげて、笑顔に見えないこともない笑顔風のユニークな表情で、相手の名前を呼ぶことで親しみをだせという、接客・接遇マナー読本の5ページに載っているようなテクニックで歓迎ぶりをだしているが、その目は死んでいる。

いっそ無愛想でいてくれたほうがいいぜと思いながら、軽く会釈して店内にはいる。サロン内は広く、どこの席を利用してもよいシステムになっているので、背後が壁に覆われたいつもの席に陣取る。

えげつない紫に染められたリュックの中から上腕二頭筋を鍛えるためのダンベルのように重いパソコンを出し、電源アダプターをコンセントにさしてメールのチェックを始める。
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(写真はイメージです)
ひととおり読んだあと、さあ、今日は何を書くかなと目線をあげてフロアーを見渡した瞬間、無愛想なスタッフの中でも、最高に無愛想なスタッフが前から歩いてきた。このサロンのマニュアルには、おそらくだが、目のあったお客さんには必ず愛想笑いをしながら、いや、にこやかに微笑みながら会釈をすることとある。

やばい、目線を外さないと、スタッフと目が合ってしまう。ただでさえ、受け付けて一発目の不気味な笑顔風の笑顔もどきで、挨拶されて、胃のなかのものがあがってきそうになっているのに、2発目はカンベンと目線を外そうとしたその瞬間、なんと、その彼女は、今まで見たことのない笑顔をした。

おいおい、すごいじゃないか、ごめん、俺が悪かった、偏見であなたを見ていたわ。そんな笑顔ができるのだねと心の中であやまったと同時に、その笑顔が送られた相手を見た。その笑顔は、通路で今まさに、彼女がすれ違おうとしている、前から歩いてきたスーツをきている二人組の男性に送られたのだ。

なんて幸運なのだ、その男たちは、あんな素敵な笑顔を送られなんて、いいなあ。でも、まもなく彼女は俺の横を通る、二人に送った笑顔を、二人とすれ違ったあとは、俺の方に送られる。改善されたであろう笑顔を受けとるために、一度外しかけた目線を再び合わせようと、彼女のほうをみた。

まもなく彼女が、男性二人組とすれ違おうとしたその瞬間、その男性のひとりが振り返ってこちらを見た。背中しか見えていなかった男性の顔があきらかになった。

「なんや、こいつか」

思わず口ずさんだ。その男は、このサロンの社員で、彼女たちの上役だ。普段から客のあいだを、我が物顔で歩きまわり、客に感謝する態度など微塵も見せず、こんな素敵なサロンを廉価でつかわせてあげてるんだから、感謝しなよと、言っているような雰囲気でサロン内をウロウロしてる。

なんだよ、こいつは、と俺が思っている、そいつだったのだ。

そう、彼女は本来社外の人に向けて提供すべき最高の笑顔を、社内向けに使っていたのだ。別に愛想悪いならそれでいいが、その笑顔ができるなら、俺たちにも提供すべきじゃないのと思ってしまった。そんな素敵な笑顔みたくなかった。

私は再び、慌てて目線を下げた。上司の横を最高の笑顔で切り抜けて、こっちに歩いてきた彼女に、最高の笑顔風愛想笑いなどされようものなら立ち直れない。

さいわいにして、彼女の目線が、私に注がれる前に、わたしは無事に視線を落とすことができた。せめてもの救いだった。

立地が良いのでそのサロンは入会のキャンセル待ちがでるほど盛況だ。だから、特段、客に媚びを売る必要はないのだが、そんな応対をしていたら絶対につけがくる。

愛想よく迎えろとは言わない。うちに向けても外に向けてもせめて同じ、もしくは、外に対して丁寧に応対すべきだ。

商売でやるべきことってそういうことだ。

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